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2016年2月

猫と言っても、あのニャーというネコではなく、1970年代に活躍したフォークグループの話。吉田拓郎のバックバンドを務め、「雪」「地下鉄にのって」などのヒット曲があります。昔、ボーカルだった田口清さんを大好きな人がいて、影響され、どれどれと聞いてましたが、当時は拓郎、陽水の全盛期で別に大きな感銘を受ける程ではありませんでした。ちゃんと聞いてなかったというのが本当のところ。

 

 

その頃って今のようにYoutubeやネットで気軽に音楽など聞ける環境もなく、聞きたければ少ない小遣いからレコードを買うか、カセットテープに録音したものを借りるか、ラジオでオンエアされたものをエアチェックするか、自由に音楽を聴くなんて考えられなかった時代です。その方からカセットか何かを借りたような気もしますが、ほぼ印象に残っておりません。

 

 

もう随分前ですが、サラリーマン時代に懐かしくてCDのベスト盤を購入し、何度か聴いて懐かしく思ったりしてました。今回何気に聞きなおしてみたら、懐かしさとは別に、音の暖かさやバンドとしてのまとまり、楽曲の良さに40年という月日の流れを超えて新たな発見をした感じ。

 

 

2007年に自分達が作った「レンガ色の町」のアルバムコンセプトは「昭和の音楽」でしたが、まさに猫のサウンドはこれにピッタリ。デジタルではなく、アナログで、人間が演奏している音楽。録音機器や音楽を聴く環境はどんどん進化し、変化していきますが、移り変わるものとは別に根底に流れる「人間がやっていること」たる音楽を大事にしていきたい、と、改めて感じさせてくれる”猫”に嬉しい再会を果たしました。

 

 

ボーカルの田口清さんは1991年、42歳の若さで事故でお亡くなりになったそうです。優しくて甘く切ない歌声はいつまでもアルバムの中に残され、いろんな人たちの記憶の中に思い出として生き続ける。その人が生きた証でもあるんですね、きっと。

 

自分の歌や楽曲もそんな風に残っていってくれればいいな、なんておこがましくも思う今日この頃です。

 
 
 

Neko

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トラウマ

2016年1月、とある新年会で歌わせていただいた。町内会の集まりということだったが、ステージのあるホールで円卓もかなりの数が並べられており、小規模なディナーショーみたいな雰囲気だった。このところよく一緒に演奏する吉岡くんと楽しく、ゆったりといつもの調子でライブを進めていたその時、明るい客席を横切っていく一人の男性に視線が釘付けになった。お酒のお代わりを取りに行くのであろうその人は、こちらのことなど構わず、食事を楽しんでいるように思った・・・
 
 
 
その人は、数年前その人の小屋で歌わせていただいた時に「お前の歌はなっとらん、発音は悪い、作る曲は古い、声も出ていない、伴奏のヴァイオリンも歌を活かしきれていない、出直してこい!」と酷評していただいた正にその人だった。精神を破綻して会社を辞め、立ち直りかけて歌い出した頃の自分にはあまりにも大きな”トラウマ”だった。会社でプライドや人格までズタズタボロボロにされ、全ての提出物や意見を否定され続けた自分にとって、歌を否定されることはあまりにも悲しいことだった。いい気になって歌ってんじゃないぞ!という罵声だったのかもしれないし、もっと頑張れ!という𠮟咤激励だったのかもしれない。でもその時の自分にはそれを受け止めるだけの心の余裕が全くなかった。
 
 
それ以来、歌うことが怖くなって歌わなくなった。ヴァイオリンの子とも疎遠になった。ハーモニカでのバッキングやライブのMCは受けたが、歌うことは極力避けていた。
 
 
MCを務めていたライブを見てくれた今の仲間たちと心が通じ合い、ライブハウスのオーナーである吉岡くんを中心にバンドを組んだり、彼と二人でちょっとしたイベントで歌ったり演奏したりするようになり、これがとても良いリハビリになった。
次第に歌うことの楽しさ、喜びが感情として戻って来るのがよくわかった。音楽好きの喫茶店のマスターに誘われ、PPMのコピーバンドも組ませてもらった。一度やりたいと思っていたコーラス中心のグループで歌う、さらに歌うことの楽しさが蘇ってきた。「やっぱり自分は歌うことが好きなんだな」と思った。
 
 
 
 
・・・そしてその人はグラスを片手に自分の席に戻り、我々の演奏を最後まで聞いてくれたようだった。演奏が終わりその人の席まで挨拶に行った。「ご無沙汰しています、今日はありがとうございました!」するとその人は大きな手を差し出し握手を求めながら「お前がんばってるんだな、良くなったな、ハーモニカもいい!、今度ウチで演る時は今日の感じでやってくれ」という言葉が返ってきた。嬉しかったのか、ただただホッとしたのか、良く覚えていない。
 
 
会社を辞める日、挨拶に行った通路の先に自分を壊した男を見つけた時、そのまま進んで「お世話になりました、ありがとうございました」と頭を下げた。ほんの一瞬彼は怯んだように見えた、気のせいだったかもしれないが、そう思う事にしている。
 
 
何か要因があり落ち込んだり、病んでしまうこともあると思う。現代社会に生きる人間としてそれは特異ケースではなく、そんなに珍しい事ではないと思う。たまたまその要因がその人にとって許容範囲を超えてしまっただけのこと。ストレスはこうすれば解消できる、運動やジョギングが大切です、偏った栄養ではなくバランスのとれた食生活をしよう、いいサプリや薬があります等々、おびただしい数のネットや本によるその手の対処法が示されている。どこまで本気で言ってんだ、と思う。心の問題を解決するその場しのぎの対処法など絶対にない。
 
 
 
結局、問題を解決できるのは自分しかない。相手に向かっていったり、自分の気持ちや行動を変えることも一つの解決策だと思う。無論簡単にできることではない、気持ちの切り替えに多くの時間を費やしてしまうだろう。ただ、そこから抜け出さない限り、問題はいつまでたっても解決しない。
 
 
 
明日また何かのきっかけで落ち込んでしまうかもしれない。ストレス社会と言われる闇である。そうなった時はそうなった時、しばらくそこでじっとして息を潜めて、心の回復を待つことにしよう。そしてその要因に少しずつでも向かっていく勇気を持ち続けていたいと思う。
 
 
 
 

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