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2009年7月

野菜のはなし

Photo 今朝の食卓に並んだサラダ。かみさんの手作りです。

手作りの意味は”切って並べた”ではなく、”家の畑で作った”の意味です。

 

ミニトマト、スナップエンドウ、レタス。なかなかの出来です。

 

おいしくいただきました。

 

 

そうこうしてるうちに、メールです。

 

写真が添付してありました。

 

 

Photo_2 なんと、にんにくです。

 

一昨年、植え時期を間違え、駄目にしてしまいましたが、今年はかみさんの実家の母上ご指導のもと、大変見事な出来です。

 

 

 

 

実は個人的に楽しみにしているのが”みょうが”。

これも母上のご指導で育てておりますが、細く切って醤油をぶっかけて食ったら酒のつまみに最高!

 

食べること(飲むこと)ばっかり考えるな!

 

 

怒られることは、ま、仕方ないことで。

 

小さい畑ながら、収穫があるというのは楽しいし、うれしいことです。

 

 

野菜たちに感謝。

そして、かみさんと母上に感謝。

 

 

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赤い箱

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赤い箱です。アンプです。単三乾電池6本で15時間稼働します。

 

ちょっとしたライブに便利です。

 

 

2009072612170001

ハープをのっけてみました、メンコイ大きさです。重量5kg。ビニール製のソフトケースも買ったのでストリートでも演奏できます。

急な雨でも凌げます。入力が2チャンネル、マイクも繋げます。出力は2.5W+2.5W  5Wステレオです。

CUBE street by Roland   made in chinaです。

 

 

特に考えもなく、ネットで購入しました。

いわゆる、超衝動買いです。

 

 

あとは、いつライブをやる気になるか、ですね。

ははは、神のみぞ知る、ですか。

 

そのうちねnotes

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夢のはなし

この間見た夢。

 

鏡みたら、頭のてっぺん毛がない。 

磯野波平状態。

ショック。

 

まわりから髪の毛かき集めてみた。

 

どうにもならない。

 

 

 

むむっ。

 
 

夢でよかったですよ。

かみさんは「最近髪の毛心配してるんじゃないの?」って。

そりゃ確かにDH○のヘアトニック(薬用)定価4000円つけてますよ。

でも「これいいんじゃない?安売りだし」とかって買ったのは誰でしたっけ。

 

ライブの写真や映像見るとドキッとする時は確かにあった。

こりゃ下向いちゃいかんな、とか、上からスポットあてんな!こら!とか。

試しに小田(和正)さんヘアーとかって髪短くして、頭のてっぺんの分け目を目立たなくする作戦したりして。

 

でも、基本的には「しゃーないしょ、年なんだから、なくなるもんはなくなるさ」

 

 

です。

 

 

 

昨夜の夢は母親でした。

今日、顔見に行ってきます。

 

 

 
 

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山のはなし

大学時代の友人が旅行代理店の役員&山岳ツアーガイドをやっている。

トムラウシ山の遭難騒ぎで、そういえばあいつどうしてるかなと思いブログをのぞく。

 

「明日からトムラウシへ。天気雨だけどね。」7月13日(月)

 

冷や汗が出ましたね。トムラウシにいるのかよ、おいおい。

 

幸い遭難者のリストにも名前がのっておらず、それでもどうしたかなと思っていたら、7月18日(土)朝、カミサンに起こされる。「友達のMさんテレビに出てるよ!!」

 

札幌のガイド協会の理事長らしく、自分の経験と今回の事故について述べていた。タイムリーにその山にいたんだから発言する意味おおありだよな。

 

ちなみに彼は途中で予定を切り上げて下山したらしい。それって勇気のいる決断だと思う。組織人として会社の利益を考えなくちゃならないだろうし、楽しみにして登っているお客さんもいるだろうし。

 

後日書かれた彼のブログから

「たとえ非難のど真ん中に入ろうとも、ガイドは一人も殺してはいけない。ガイドの仕事とは、利益を上げる事でも、計画通りに事を運ぶことでもない。客の安全こそが、使命なのだから!」

 

こんな奴が友人でよかった。

 

今度はモンブラン、マッターホルンでスイス、フランスだってさ。

 

飛行機と高いところが嫌いな私には全く無縁な世界ですけど、ね。

 

 

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7月20日

7月20日(祝日海の日)午後、両親そろって有料老人ホームに入所。

 
 

この1週間、いや、もっと前からイライラしている。

精神的アンバランス状態が極地。

親を見捨てる訳ではない!といいながら、ほっとしている自分。

このままおとなしくとどまってくれるわけないな、と思ったり、希望も最大限聞いてやろう、なんて思ったり。

裏と表が30秒ごとに訪れて、人間的に崩壊寸前。

ここは一発酒でも飲んで!と思うが、救急車のお世話になったりする母がいるのでいつ何があるかわからず、深酒は厳禁。

家飲みオンリーだけど、量がすすむとかみさん機嫌悪いし。

 

古い飲み友達とのメールやり取りが唯一のストレス発散。このメールは裏の顔、かなりハチャメチャな内容。

とても他人にはみせられない。


昨日は父の面倒見てくれた親戚にナマラウザイ顔してしまった。どこまで非常識な51歳なんだろう。

 
 

今、なにかしたいことある?

 

今ね、なにもしたくない。

 


支離滅裂だし。

 

 

は〜〜〜〜。 

 
 

 

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救急車

けっこうボワンとしたタイトルが多い昨今、妙に具体的なタイトル。

 

救急車に乗車したのは3回目。最初は私が20代後半、音楽活動の傍らアルバイトで窓ガラスふきをやってて、立てかけた梯子の一番上段、5メートルくらいから落ちて手をつき、左手首の複雑骨折!左手のひらが5センチほど外側にづれていましたので、その時はもう絶対にギター弾けない、と思ったものです。運ばれた病院に手首の専門医がいたこと、リハビリに相当時間をかけることができたこと、等で、普通にギターが弾けるようになりました。でも、季節の変わり目や悪天候の日はジクジクと痛む事があります。そんな大怪我にも拘らず、ギターのことを考えるてるあたり、この人の脳天気ぶりが伺えます。

そういえば、カミサンが当時住んでいた後志管内の町からお見舞いに来てくれて(なんかの行事のついでに)「今こんな本読んでるの。あ、帰りの汽車の時間だから帰るね。」とあわただしく来て、帰って行った記憶があります。確かまだちゃんと付き合う前だったな。懐かしい。

初体験の救急車、そして入院でした。

 

2回目、会社で急病人が出て総務担当だった私が同乗。大きな通りで交差する車が停まらず「まったくもう!」と腹がたった記憶があります。数年前その方も他界してしまわれました。私がサラリーマンになった時の社長で、人生の転機にお世話になった方でした。

 

 

3回目、昨日。母親の様子がおかしい、ので病院に連れて行こうとしましたが、体位を保持できず、身体にまったく力が入らず運ぶのは無理!と判断し止む無く救急依頼。丁寧に対応していただきかかりつけの病院へ。糖尿病から来る低血糖状態で、適切な処置をしていただき注射、点滴治療で帰宅。母親の状態から、私も父もカミサンも「3度目の脳梗塞だな」と判断していましたので、低血糖と聞きまずひと安心。程なく普段の母親に戻りました。救急車をタクシー代わりに使う人がいる、とよく聞きますし、119番にコールするのは躊躇うものですが、結果として大事に至らず、救急のみなさんに感謝する次第です。

 

なんか、最近、いろいろあります。

 

疲れますね。

 

でも、頑張んなきゃ。

 

 

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7月7日

7月7日、結婚記念日。19回目。来年は20周年。

 

なんか買って帰ろうか?とメール。

うーーーん、ケーキがいい!と返信。

そっか、わかった。とこちらも返信。

ちなみに、お互いのメール絵文字バリバリ!です。

 

会社帰りに札幌駅近くでケーキ購入。帰宅。

 

缶ビールで乾杯!

 

よく19年ももったね、だってさ。

本当にね、よく、つきあってくれました。感謝。

 

 

来年20周年だし、新婚旅行で行った金沢行きたいね、とカミさん。

そうだね、でも金沢ってあんまり印象無いな、と私。

うん、ま、そうだけど。

 

どこでもいいし、なんでもいいんです、今の我々にとっては。

日常とかけ離れたことを想像するだけで気がまぎれる。

実際、来年は旅行でもしたいもんです。

ゆっくりと、ふたりで。

  

目の前には考えなきゃならないことや、しなくちゃいけないことが山済み。

だけど、無期限に辛いのが続くのはたまらんしね。

楽しいことを想像したり、実際行動しなくちゃ。

おかしくなっちゃう。

  

ビールのあと、軽く飲んでたら、最近飲みすぎ!と、カミさんのお小言が飛んでくる。

うーーーーーーん、毎日家で飲んでるからな。量はウィスキーの水割りを2~3杯だし、深酒する元気もないし、多めに見てチョ。

 

 

 

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退院・・・・・・・ですか。

世間一般的に、病人が退院するということは、おめでたいことなんですが、家の場合「え~~~~マジで?」ってなことを思ってしまう、わけです。自分の親、とはいえ、非常に重い(気持ちが)。

 

でもね、退院は退院だし、好きで長いこと(10ヶ月)入院してたわけじゃないし、なんだか芳しくない治療の結果だという噂もあるし、本人は一刻も早く退院したがってたからな。よかったのかも。

弟も横浜から出張で来るって言うし、家族揃って退院祝い、か。親父の好物の赤飯か寿司かって感じ。

 

母親の『記憶』という限られた時間を一緒に過ごしたい、という父親のたっての希望で、ある施設に程なく入所してもらうことにしている。 

 

その選択肢は、誰かの歪み、誰かの負担、みんなの気持ち、個人の思い等複雑で、最良の結果とは思っていない。でも、今はそうするのがいいんじゃないか、って思う。周囲からのバッシングも想定内。父方の親戚一同総スカンだろうな。

 

施設には母親を連れて行ったりして、何度か見学させていただいた。女性スタッフが多く、ヘルパーさんたちも若く、礼儀正しい。

「ここでしばらく・・暮らすんだよ、母さん。父さんと一緒だから、心配要らないって、ほら、みんないい人達だし」

 

なんでだろ

 

 

ホッとする気持ちと

 

 

本当にそれでいいのか?と自問する気持ちと

 

 

ぐるぐる 回ってる

 

 

いや、こうしなくちゃいけないんだ

 

 

これで いいんだ

 

 

今は これで いいんだ

 

 

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