1958年2月3日 札幌市生まれ 現在51歳 水瓶座 A型
10歳から江別市在住。北海学園大学フォークソング研究会在籍中からフォークデュオ「右左(うさ)」でリードヴォーカル担当。札幌市内ライブハウス、ラジオパーソナリティー、CMなどで演奏活動、「21世紀博覧会(岩見沢市)」「ふるさと銀河線」等のイメージソング担当。
1989年~ 建設コンサルタント会社に勤務。
1992年「F.I.H.JAPAN ハーモニカコンテスト」ブルースハープ部門第2位。
1994年「日本ハーモニカ賞」受賞。
2005年5月から 江別市大麻「アイドール」で再び唄い始める。
2007年12月15日1st アルバム「レンガ色の町」発売。
現在、北海道ハーモニカ連盟事務局長・全日本ハーモニカ連盟理事。
『レンガ色の町』全曲解説
1.いつまでも
僕らが住む江別にあるR大学の学生たち。毎年何人かがアイドール・セッションライブに参加してくれてます。そんな彼らと過ごした時間、彼らへの思いを言葉に綴ってみました。本当に気持ちの優しい、いい子達ばかり。たぶん、彼らの父親と同じくらいの年齢の僕には、彼らが本当の子供のように見えているのかも知れません。子供がいない僕にはなおさらです。
◆2007年3月の作品
A.g おおやぎ
M.harp 千葉智寿
2.レンガ色の街並みに囲まれて
江別には昔、大きなレンガ工場があり、レンガの町として有名です。家の親父もレンガの会社に勤めていました。そして、この町の自然。ななかまど、ふきのとう、鳥たちのさえずり、僕たちが今やらなければならないこと、それは子供たちの思い出を清らかなまま残してあげること。僕たちの思い出が美しく清らかなのと同じように。この町で生きていこうと思います。
◆2007年10月の作品
Dr 百沢潔
Bass 小竹直樹
Key 渡辺達士
E.g 小松大介
A.g おおやぎ
3.Coffee Break
札幌の大学に通っていた頃、フォークソング研究会に所属していました。2年の時、同学年の仲間3人と「エルシー」というグループを組み、CSN&Yやガロのコピーを演ってました。実は男3声のコーラスが大好きです。コーラスがビタッと決まった時の鳥肌がたつ感覚。もう、最高。その当時に作った曲。30年経った今、ボサノバっぽくアレンジしてもらいました。詞の中に「電話のベルが聞こえてくるよ」というフレーズがあったり、喫茶店の白い壁に君の名前をみつけた、とか、時代を感じますが、詞はあえてそのままにしました。
携帯電話全盛の今、考えられないと思いますが、僕らの世代は家の居間にある黒い電話や、公衆電話でこっそりと恋の話なんかをしたんですよ。テレフォンカードなんてないから10円玉ごっそり持ったりして。
◆1977年の作品
Per 百沢潔
Bass 小竹直樹
M.harp 千葉智寿
A.g おおやぎ
4.あの頃の2人に・・・
インストです。つい最近まで「ふたり」という曲だったんですが、アルバムの編成会議で「お前の曲のタイトルはひらがなで短いセンテンスが多い」とクレームが入り、急遽変更。30歳で就職し、歌を辞めて、それでも音楽が好きでハーモニカ(テンホールズ)でメロディアスな曲を!と意気込んで作った曲。当時シンセサイザーやシーケンサーを買い込んでバッキングを作り、全道ハーモニカコンサートで演奏したことがあります。あっちの世界では斬新なことで、大うけでした。
◆1993年の作品
Per 百沢潔
Bass 小竹直樹
A.g 小松大介
Vib のとみきひろ
Key 渡辺達士
M.harp おおやぎ
5.陽だまりの町へ
中学の同級生にハッパをかけられ、決意したアルバム制作ですが、この曲がある意味このアルバムの肝なんだと思います。昔からよくあるテーマですし、都会の暮らしに疲れてふるさとに帰るっていう話は、もう数え切れないくらいの曲があると思います。でもね、あえて「ふるさと」なんです。僕は札幌で生まれ、10歳でこの町に来てずっとそのまま暮らしてます、40年ほど。もう僕にはここが「ふるさと」だし、そしてここで暮らしたことのある人にとって「ふるさと」であって欲しいんです。子供の頃の思い出やぬくもりがある「ふるさと」。ここがそんな町であるように、あり続けるように願います。
◆2007年6月の作品
Dr 百沢潔
Bass 小竹直樹
E.g 小松大介
A.g おおやぎ
6.アキアカネ
大学在学中から「右左(うさ)」というデュオを先輩と組んで、プロ!レコードデビューを目指していました。当時はそこそこ人気もあり、テレビCM、FMラジオ番組、イベントのイメージソングなんかを担当しつつ、札幌市内のライブハウスで演奏してました。某放送局の担当者に気に入ってもらい、2人で毎月新曲6~7曲デモテープにして持って来い!という試練を、カセットテープ巻数25くらいまで、つまり2年間続けていた頃の曲。右左ではボツになった曲ですが、この曲の持つメッセージが今の僕にマッチしました。道端で起きているささいなこと、人は見過ごしてしまう小さなこと、でも、意味のないことなんて世の中にないと思います。年齢を経ると鈍感になり、自分勝手でわがままになる。どんなに年老いても、気づく、感じる、思う、そんな感性を持ち続けたいと思います。
◆1982年の作品
A.g おおやぎ
7.ひとひらの雪
お前の歌は過去を振り返った歌ばかりだな、とある人に言われました。確かに。たとえばこの曲の「あれは遠い初恋の頃」、別に今誰かを好きになった話にしてもいいだろう。うーーーん。性格がネガティブなんでしょうね。思い出の中に生きるみたいな。この曲はある意味いわくつきの曲なので、詞はこだわりました。感情を表に出さないようにしたつもりです。はかないもの、かなわぬもの、溶けてすぐ消えてしまう雪は、僕の中では初恋の切ないイメージなんです。あなたの初恋はいつですか?誰ですか?覚えていますか?
◆2007年9月の作品
Vib のとみきひろ
Vio がっちゃん
A.g おおやぎ
8.Good-Bye Lonelyness
これも右左の頃に作ったラブソング。これはさすがに詞を直しました。当時はなんせ、作らなくっちゃ、という意識が強く、フィクションがほとんど。きれいな言葉と覚えやすいメロディ、売れ線の曲作れ!でした。不思議なもので当時から懐かしさを求めて作った曲が、いまだに懐かしい、このリズム(12/8)は普遍ですね。演歌にも繋がるリズムです。津軽海峡♪とかね。
◆1983年頃の作品
Dr 百沢潔
Bass 小竹直樹
Key 渡辺達士
E.g 小松大介
A.g おおやぎ
Cho AKKO
9.I-doll ~聞いてくれますか、僕の歌、僕の心を~
やめた歌をまた歌いだして、そんな自分を同じ目線で見て曲を書きました。何回か歌った頃、アイ・ドールのマスターが「あれ、いい曲だな。でさ、俺考えてることがあって、自分らが生きてる間に戦争や諍いなくすことができなかったろ。次の世代に託したいんだよな。そんな詞追加できないか?」と一言。無理っしょ、曲のニュアンス変わっちゃうっしょ。無理だと思いつつ、人に望まれるとホットケナイこの性格。この曲の最後の部分にはそんな苦労が詰まってます。ちなみにマスターは非常に喜んでくれました。
◆2006年冬の作品
Dr 百沢潔
Bass 小竹直樹
Key 渡辺達士
E.g 藤島勝也
A.g おおやぎ
Cho アイドール合唱団
10.AOZORA
1992年F.I.H.ハーモニカコンテスト、ブルースハープ部門2位受賞曲。翌年「日本ハーモニカ賞」を受賞。原曲はもっとカントリー系のギター弾き語り曲。アレンジの力ってすごいな、と実感。まったく違う曲になりました。青い空がいつまでもどこまでも続く、人は穏やかでやさしさがあふれてる。悲しい事件が多い現代、せめて僕の音楽はやさしさであふれていたいと思います。
◆1992年頃の作品
Bass 小竹直樹
Pf 渡辺達士
M.harp おおやぎ